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● 解答編 ● | ||||||||
「武田、ちょっと残ってくれるか」 テストの最終日の放課後、私と美知留は武田杜香を教室に居残りさせた。 「何ですか?先生」 教師二人を前にして机に座った武田は、不安そうな顔をした。 「ペンケースを見せてもらってもいいかな」 美知留が言うと武田は一瞬強張った顔をした。素直な娘だ。 カバンからペンケースを取り出すと、黙って美知留に差し出す。 それはファスナーの付いた大きな春巻き型のペンケースで、白地の一面にたくさんのカラフルな格子模様が描かれている。それはもとは真っ白な布地にカラーペンで手描きしたものらしかった。 「ペンケースを変えていなかったんだね。なるほど。よく出来てる」 しばらくペンケースを眺めると、美知留はつぶやき始めた。 「アシカガヨシマサ、ヒガシヤマブンカ、1467オウニンノラン‥‥」 「読めるんですか!?」 武田は雷に撃たれたような顔をした。ペンケースが暗号であることを告白したも同然であることに気付いていない。 「まあね。大人もそれ程ナメたもんじゃないぜ」 小娘の浅知恵などお見通し、と言わんばかりだが、結構苦労していたくせに。 もっとも、私なら解くこともで出来なかっただろうが‥‥。 私は居酒屋で美知留に説明された時のことを思い出した。 居酒屋に入り席に着くと、美知留は手帳を取り出し、四色ボールペンで次のような図を描いた。 「あの魔方陣は三原色を使ったコード表だったのさ。行と列はそれぞれ日本の横型と縦型の信号機の配色と同じなんだ。 あの格子模様の横棒と縦棒は行と列を表している。赤の横棒なら赤の行、青の縦棒なら青の列、というようにね。 つまり、あの格子模様は二つの十字を組み合わせて出来たもので、十字は色が表す行と列が交わるマスの数字を表しているんだ。 そして、B=0は、ブラック、つまり黒い十字が0を表すことを意味している。 まあ、ブルーもBだが、コード表に入って無いのは黒だしな。 こうやって考えると、MORIKAの文字の下にある格子があらわす数字は13・15・18・09・11・01だ。一文字につき二つの数字が対応している。この組み合わせは考える迄もないね、色の付いた格子とアルファベットの順番を表す数字が対応しているんだ」 待て。待て待て。ちょっと話について行けない。 美知留は苦笑して次のような図を描いた。 私は唖然とした。何というややこしいことを考える子なんだろう! 「色とアルファベットに関係性があることは何となく分かっていたんだが、魔方陣とどう絡んでくるのかが分からなかった。でも信号機を見てやっとピンと来たよ。三原色と言ったら信号機は想起されやすいのにな。 これは換字式と多表式の暗号を組み合わせたものなのさ。 こうして魔方陣のコード表によって色の付いた格子とアルファベットが対応していることが分かれば、この日誌の文章の下にある格子模様も解読できる。 格子模様の16・05・14・03・01・19・05の数字が表しているのはP・E・N・C・A・S・E――ペンケース、だ。 彼女は余程この暗号を思いついたのが楽しかったんだろう。使いたくてうずうずしてたんだね。どうせ誰にも分らないだろうと思って、うっかりこんなヒントを日誌に書き込んでしまった訳さ」 美知留がペンケースを返すと、武田はおずおずと受け取った。 泣きそうな顔で不安げに私達の顔を見る。 美知留は眼鏡をつまんで持ち上げ、おかしそうな顔をした。 「心配しなくていい。君の勝ちだよ。 ペンケースに文字や数字を書き込んでいた訳じゃないからね。これはカンニングとは言えない。 カラフルな格子模様を見て何を連想しようが君の自由だ」 「まったく、呆れた奴だなあ。こんな暗号を考える時間と労力と頭脳があるなら、歴史くらい暗記できるだろうに」 「いや、実は、ペンケースに書き込んでる内にあらかた覚えちゃったっす」 「こ、この阿呆め」 私は思わず吹き出した。 「だってえ。暗号を覚える方が面白かったんだもん」 武田はぺろりと舌を出した。 私と美知留は顔を見合わせて苦笑した。 「言っておくが、この手は受験では使えないぞ。テストの時机の上にペンケースや下敷きなんかを置かせない学校が多いからな。 君のチャレンジ精神は買うが、あんまり無分別に攻めすぎると、その内痛い目を見るぞ。 これからはちゃんと覚えなさい」 「はい‥‥」 武田はしゅんとしてうつむいた。 美知留は一枚の紙を武田に渡した。 「歴史の語呂や替え歌をたくさん集めてあるサイトのURLだ。橋本先生が教えて下さった。今度お礼を言っておきなさい。 もう行っていいよ」 「はい!失礼します」 メモを受け取ると、武田は顔を輝かせ、ぺこりとお辞儀をして教室を出て行った。 実はそのメモは、美知留がわざわざ橋本先生に頼んで良い勉強方法は無いか尋ねて教えてもらったものなのだ。 美知留は武田が気に入ったらしい――実を言うと私もだ――、ちょっとした贔屓だが、まあ、このくらいはいいだろう。 因みに、彼女は一年後、見事に第一志望の国立大に合格した。 その夜、私と美知留は再び一緒に飲んでいた。話は当然、武田の暗号のことになる。 「武田は三原色を用いたが、3×3のコード表の場合、9マスの位置を表すならこんな記号を使う方法もある」 美知留は紙に次のような図を描いた。 「0は×印にでもすればいい。 さらに言えば、もし武田が使った三原色に混合色の紫・オレンジ・緑も加えて6×6のコード表を用いれば、AからZの26文字と0から9の10数字を合わせて36文字を一つの色十字で表すことができる。 これなら同じスペースで倍の情報を書き込める訳だ」 私は呆れた。よくまあ、次々と思い付くものだ。 「こんなことは武田には教えられないが、彼女はまだまだだね」 美知留はグラスを掲げてウインクをした。 ‥‥これ、公序良俗に引っかかったらどうしよう;;。 私はやったことありませんが、良い子はマネしちゃ駄目だよ!きっと普通に覚える方が楽だから!(笑) もしマネしてバレた時にカンニング扱いになっても責任持ちませんからね?
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