テレポーテーション・マシン
親愛なる読者諸君:

この手記は私が死んでからある期間を過ぎた後に公表される手筈になっている。従ってあなた方がこれを読んでいる現在、私はもうこの世にはいないはずだ。
これは私が犯した怖ろしい罪の告白だ。
私は卑劣で恥ずべき人間だが、生涯隠し通してきた秘密をなぜ墓場に一緒に埋めてしまわなかったのか、最後まで読んでもらえばお分かりいただけるだろう。

私はテレポーテーション・マシンの設備技師だった。
至極平凡な男で、子供こそできなかったが妻とも仲睦まじく、後に激流が待ち構えているとも知らずにさざ波さえも立たぬように思える人生を送っていたのだ。
ここで説明しておくと、 T M テレポーテーション・マシンの仕組みというのは、とても簡単に言えば、電送ブースに入った人間を分子レヴェルに分解して亜光速粒子化し、チューブケーブルで送り流して、先に読み取ったあらゆる生体データを元に電送先のブースで再組成させるというものだ。
今や網の目のように世界各地に張り巡らされているケーブルを毎日何十億という人間が流されていく。そんなTMのケーブルを扱うことは、人間そのものを扱うことだ。
私は次第にその「人間の河」に興味を持ち始め、技師になって七年が経った頃、それなりの裁量の自由が利く立場になると、私は最初の罪を犯した。
電話を盗聴するように、ときおりケーブルから生体データをコピー傍受し始めたのだ。たまには自分や妻のデータを取ったりもした。
データそのものは私などには意味の分からない膨大な量の数字の羅列に過ぎない。しかしそれには電送時の人の体や脳の状態―――つまり記憶や気分といったものまでが記録されている。言ってみれば生体データというのは人の魂そのものだ。私は人の魂をコレクションすることに例えようの無い楽しみを覚えてしまっていたのだ。
だが結局、読めもしないデータをただ集めるだけの行為には私はすぐに飽きてしまった。
百枚近く貯まったディスクを眺めながら、私はある時ふと思った。
テレポーテーションすること、つまり人間をバラバラにして組み立てなおした場合、その再組成された人間は果たして以前と同一人物と言うことができるのだろうか?
同じ物質、同じ構成であろうとも、一度消えて再び現れた人間の生命に以前との有機的な連続性が存在しうるものなのだろうか?
私はひどい不安感に襲われた。
新陳代謝を行う人の体は刻々と変化する。人は一秒として同じではない。しかしそこには有機的な連続がある。
いや、肉体はいい。しかし意識はどうだろう?明らかに断絶していると言えるのではないだろうか?
私は必死に考えた。
意識は眠っている間にも途切れているものではないか。テレポートして再組成するのと眠っている間に新陳代謝が行われるのと何が違うというのだろう。
しかし、いくら頭でどう考えても、どうしても私にはテレポート前後の人の同一性アイデンティティというものが認められなくなってしまった。
言ってみれば、テレポーテーションというのはオリジナルを殺して記憶を持ったコピーを作り出す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ということではないのか―――。そう考えると私は急に怖ろしくなった。
私は気付かぬ内に既にもう何度も死んでいることになる―――。
私はすっかり打ちひしがれて、自分の考えと技師を辞める決心をある日居間で妻に打ち明けた。
考え過ぎだと妻は呆れた。
そんな「くだらない理由」でそこそこの収入も安定もある職を捨てようとするなどとは妻には信じられないことらしかった。
お互いに興奮して口論がエスカレートするうちに私たちはひどい罵り合いを始め、激昂した私は初めて妻を殴ってしまった。
続けざまにとうとする私から逃げ出して、妻は二階の居間を飛び出し、家の外へ逃れるつもりだったのだろう、階段を下りようとした。
追いすがって腕をつかんだ私の手を振り払おうともがいた妻は、足を踏み外して階段の頂上から転げ落ち、そのまま再び動かなかった。
即死なのはすぐに分かった。首が折れていたからだ。
私は妻を殺してしまった―――。
これ以上無い絶望感が私を襲った。
怒りは、冷めてみれば、なぜあんなにも腹を立てたのかと思うものだが、この時どれほど後悔したかは言葉では表せない。
悪夢のような時間がどのくらい続いたのか。妻の死体のかたわらで、目の前の現実が受け入れられず、何か妻を生き返らせる方法は無いものかと、愚かな、というより狂った考えをひたすら巡らせていた私はあるひとつの方法を閃いたのだ。
―――私の手元には、ほんの五日前に読み取ったばかりの妻の生体データ・ディスクがあるではないか―――
私はすぐさま家を飛び出し、特大のクーラーボックスと大量の冷却剤を買い込んで、まず妻の体を腐らぬようにしばらく冷蔵保存した。そして徹夜の突貫作業で家のマシンをすぐ改造した。
そうして、私はこの五日間妻が家にいた痕跡をできうる限り消し去ると、妻の死体を「素材」としてブースに入れて自家電送し、五日前の妻の生体データを元に再組成を行った。
成功するかどうかは分からなかった。こんなことは今まで誰もやったことが無かっただろう。たった一瞬の出来事があれほど長く感じられたことは無い。
ブザーが鳴って電送ブースの扉が開くと、そこには生きた妻・・・・がいた。
妻はブースから出て不思議そうに自分の周囲を見回した。
「あら?私、どうして家にいるままなのかしら?」
それが生き返った妻の第一声だった。五日前、映画を観に出かけた姿のままだった。
私は妻に抱きついて泣きむせび、ブースの故障で電送後に妻がケーブル内で行方不明になったこと、この五日間私が必死に捜索してようやく見つけ出したことを説明した。
TM技師の私が言うのだから妻はまったく疑わなかった。
「じゃあ、私、五日間もバラバラになってケーブルの中に閉じ込められていたのね!」
もっと怖ろしいことが起こったことなど知る由も無い妻は、自分の両肩を抱いて怖ろしげに身震いした。
その後、私たちは再び話し合って―――今度は冷静に―――今回は妻もこんな怖ろしいマシンに関わりたくないという私の気持ちを少しは分かってくれたらしく、私は結局TM技師を辞めた。

そうして妻を取り戻した私はそれから四十年間彼女と共に連れ添った。いや、果たして取り戻したと言えるのかどうか。
あの時はただひたすらに妻を失いたくない一心で彼女を「蘇らせた」が、私はすぐに再びひどく後悔をした。そう、私にとって、蘇った妻はやはり以前の妻のコピーとしか思えなかったからである。
考えてもみてほしい、自分が殺した相手のコピーと暮らす苦しさがどれほどのものであるかを。彼女の姿を見る度に自分の罪を思い知らされる毎日は絶え間の無い拷問のようなものだった。しかし、それも全て自業自得であり、自ら引き寄せた罰なのだろう。
私は以前にも増して彼女に尽くし大切にして、今度こそは良き夫たらんと極力努めた。

私たちがTMを使うことは二度と無かった。しかし、蘇った妻の姿を見る度に、私はTMの可能性というものを考えずにはいられなかった。
もし病や怪我や体に問題を抱えた人間の生体データを健康なものに書き換えて電送すれば、治療できぬことなど何も無いだろう。
また、生体データを保存して肉体を定期的に「更新」すれば、半永久的に不老不死になることさえ可能になるのではないのだろうか。
―――もしそれが同一人物と言えるのならば。

さて諸君、私の告白はこれで全てだが、私の愚かな行為から何かしらの教訓を読み取っていただくことができただろうか。それとも、私は諸君に悪魔の知恵を吹き込んで死後も更なる悪事を重ねることになるのだろうか。
今となっては諸君の判断に委ねるしかあるまいが、私は人は総括的には善良で賢明なものであると信じている。
さらば諸君。先日妻が亡くなった。今度こそ本当に。私の寿命もそう長く残されてはいまい。まだ頭もはっきりしている今の内にこれをしたためておく。
人の死後は無であると考える私だが、それでもできれば諸君の死者への憐れみを授かることを許してもらいたい。
罪を犯した者はどんな形であろうと罰からは逃れられぬものなのだ。私は十分に罰を受けた。虚無の平安に開放される日には慰めを見出すことができるだろう。


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