【アキバレ】 恋の痛みとイタい恋 【赤青】


赤木信夫。いつからだろう、その名前が甘い響きを持つようになったのは。
初めはただのイタダサいおじさんにしか見えなかったのに。
色々面倒を見ているうちに情が移ったのかもしれないし、たまに、本当にごくたまにだけど、カッコイイこともあるせいかもしれない。
まさかこんな人を好きになるなんて思わなくて、想い人であるさやかさんの話をされたり、ゆめりあさんの家に押しかけて、あまつさえ口説こうとした(と私が誤解しただけだったが)とき、妙に腹が立ったのは何故なのか、自分でもまったく分かっていなかった。
変にもやもやとした胸につっかえるような気持ちだけがつのってゆき、奇跡的に赤木さんがさやかさんと付き合えることになったとき、皆が沸き立って祝福する中、頭が真っ白になって微笑みというより引きつって歪んだ唇で社交辞令的なお祝いを言うことしかできず、ゆめりあさんと二人で秋葉原駅へ向かう帰り道、彼女が「三十歳になる前に彼女ができて、信ぴーも”魔法使い”にならずにすむにゃんねw♪」とちょっと過激なセリフを言ったとき、私は突然ぽろぽろと泣き出した。
ゆめりあさんはびっくりしていたけれど、私もまた自分でも止めようがなく次々に涙があふれてくることに驚いた。そしてそのとき、私は初めて自分が赤木さんを好きなのだということに気が付いた。
狼狽していたゆめりあさんにもやがて悟られてしまったらしく、彼女はそっと私の頭を撫でてくれた。
「美月にゃん、もしかして信ぴーのこと―――。…そっか、ごめんね、変なこと言って。お詫びにご馳走するにゃんよ。いっしょにチョコレート・パフェでも食べに行こ。ね?」
慈しむような優しい微笑みを浮かべるゆめりあさんの顔を見て、いつもはとても年上とは思えないけれど、こういうところはやっぱり大人なんだなあと私は思った。

しかし、赤木さんとさやかさんは、結局半年も続かなかった。
赤木さんが「さやかさんにふられちゃったよおぉぉ!!」と喚きながら「ひみつきち」に飛び込んできたのは、11月の末も近づいた頃だった。
「赤木さん、もうふられちゃったの!?」
「短いリア充生活だったわねえ」
「信ぴー、何かさやかさんが嫌がることでもしたにゃ?」
「俺は何もしてねえよ#。…何でも、さやかさんが小さい頃好きだった初恋の君と運命的な再会っていうのしちゃったらしくてさ、そいつがすごいイケメンになってたそうで、焼けぼっくいに火が着いたんだと。それで、きっぱりごめんなさいされちゃったぁ~~!」
「そ、それは勝ち目のないパターンね~;」
「ああ~~、二人の初クリスマスとか初正月とか、人生初の明るい年越しを過ごせるとwktkしてたのに…とほほ…」
そういうわけで、赤木さんはまたフリーになった。
次の日、偶然仕事中の赤木さんと出くわしたとき、照れくさそうに笑った彼の目は少し赤くなっていて、「ひみつきち」では元気に大騒ぎしていたけれど、きっとあの後泣いたのだと私は思った。
男の人が元カノを忘れるのってどのくらいかかるのだろう。
私にはそんなタイミングを計ることなどできず、また告白する勇気も持てぬまま、二年の月日が流れていった。

二年の間に、赤木さんは三十歳を超えてちょっぴり仕事先での地位が上がったらしく、ついに実家を出て独立を果たした。ゆめりあさんは、二十五歳を過ぎても独身オタの姪を心配した叔母さんがしきりに縁談を持ちこんでくるのを疎ましがっている。
私は高校を卒業した後、新堀さんの養成所に入りみっちりと訓練を受けてスタント・ウーマンとしての道を歩み始め、端役だけれどもちょくちょく特撮やアクション・ドラマにも出演られるようになった。
どんな小さな仕事でも、オタの赤木さんとゆめりあさんは喜んでくれた。
忙しい日々を過ごすうちに、あっという間に私は成人の日を迎えていた。
その日、いつものジャージ姿ではなく華やかな着物を着た私を見た赤木さんは、一瞬目を見張って固まり、気がついたようにはっとすると、「本当に…綺麗になったな、美月…」と言ってくれた。
見とれているように見えたのは私の都合の良い思い込みだろうか。
成人の日は、ついに赤木さんたちと同じ土俵に立てたような気がして、私はとても嬉しかった。

二十歳を超えた私は、徐々に仕事も本格化してきて、やがて念願の一人暮らしをすることにした。
引越しが終わった日、皆が引っ越し祝いに来てくれることになった、というか、なっていた。しかし、実際にやってきたのは赤木さん一人だけだった。
彼にお茶を出しながら、いつもは遅刻も多い赤木さんが来ているのに他の皆がまだ来ないとは変だなあ、と思っていたらメールが入り、ゆめりあさんからのメッセージに私はひどくうろたえた。

『美月にゃん、ごめんね!今日は急にハカセとこずこずと三人でどうしても行かなくちゃいけない用事ができました!ドタキャンで悪いけど、今度いっぱい引っ越し祝い持っていくから許してにゃ!』

つまり、私は赤木さんと二人きりになってしまったのだ。
ゆめりあさんたら、きっと気を利かせたつもりで、ハカセとこずこずを足止めしたのだろう。
うう…どうしよう…妙に緊張してきてしまった…。
「ん?どったの美月?」
様子のおかしい私を見て赤木さんが訝しげな顔をした。
「うん…ゆめりあさんたち…ハカセもこずこずも、三人で急用ができちゃったんだって…。だから来ないって…」
「何だあ?三人揃ってドタキャンかー?薄情な連中だなー」
赤木さんは呆れて頭を掻いていた。

しばらくはお茶を飲み、何気ない世間話をしていたが、やはり二人きりになることなんてめったになかったので、お互いにだんだんと何だか居心地が悪くなってきた。
そろそろ話題も尽きる頃、所在なさげに部屋のあちこちに視線を彷徨わせていた赤木さんは、部屋のすみに積んであったまだ荷解きしていない小さな段ボール箱に目を留めた。
「ああ、そうだ。これ、まだ荷物残ってるんだろ?整理すんの手伝ってやろうか?」
それは、その箱は…!
「やめて!人の家の私物を勝手に触らないでよ…!」
私は箱を持ち上げようとする赤木さんからそれをひったくろうとした。
思いがけず取り合う形になってしまって、二人の手から外れた箱は床に落ちてひっくり返った。
中身が飛び出して、結局それを赤木さんにばっちり見られてしまい、私たちは無言のままに固まった。
二人の間には赤木さんオンリーか赤木さんメインの写真ばかりを集めたアルバムがページが開いたまま散乱し、いつもベッドサイドに置いていた私と赤木さんのツーショットをハート型に切り抜いて飾っていた写真立てが転がっている。
こうして見ると…自分でも…かなりイタいと思う。それにこれはどんなに鈍い相手にだって気持ちがバレてしまうだろう。
案の定、やがてしばらく続いた気まずい沈黙を破って赤木さんがためらいがちに訊いてきた。
「えっと…美月ってさ…もしかして…俺のこと、好きなの…?」
物証を押さえられてしまった以上、もう隠し立てのしようがないだろう。私はゆっくりとうなづいて、そのまま顔を上げることができなかった。
「でも、お前、ゆめりあと二人でさんざん俺のことキモオタだのおじさんだの言ってたじゃないか」
「そ、それはそうだけど…でも…す、好きなんだもん…」
「お前…ツンデレにも程があるだろう。どんだけだよ。それもうSのレベルだぞ;」
「う、うるさいな。でも好きだったのよ。いつからかは忘れちゃったけど…ずっと、好きだったのよ!」
な、何でこんなヤケクソみたいなコクり方してるんだろう、私…。馬鹿みたいだ。
またしばらく沈黙が訪れた。
多分、本当は数秒くらいのごく短い時間だったのだろうけど、私は耐え難くなって、恐る恐る顔を上げてみると、いつになく珍しく真剣な、ひどく悲しそうな顔をした赤木さんと目が合った。
「ごめんな、美月…俺、やっぱり美月のこと、妹みたいにしか見られそうにないんだ…ほんと、ごめん」
一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。
別に自分がふられるわけない、などとそんなうぬぼれたことを思っていたわけでは決してなかったが、想像以上のショックに私は襲われた。
何せ、人を好きになることも、男性にふられることも、全て初めての経験だったのだ。
「そう…ですか。分かりました…私の方こそ、困らせちゃったみたいで…ごめんなさい…」
ショックのあまり麻痺状態に陥ってしまったのか、散らばったものを片付けながら、口だけがまるで自分のものではないかのように淡々と受け答えを行い、何を話したかは覚えていないけど、気がつけば赤木さんが玄関を出て行く後姿を見送っているところだった。
後でよく見てみると、写真立てのガラスカバーの端に小さなひびが入ってしまっていて、それを見ると急に、失恋してしまったのだと実感してしまって涙がこみ上げ、その晩は枕がびしょびしょになるくらい、私は思い切り泣いてしまった。

次の日、失恋のショックとほとんど眠れなかった疲労感を引きずったままアクションをした私は、やはりいつもより集中力が低下してしまっていたのだろう、セットにしたたかに足をぶつけてしまい、足を挫いて擦過傷も負ってしまった。
病院に連れて行かれ、手当てを受けた私は、その日家に帰ってからますますもってヘコんでしまった。
仕事もいよいよこれからだというときに、私情に振り回されてこんなドジをふんでしまうとは、我ながら情けない。
ああ…何か色々とめちゃくちゃだわ…。
幸い骨にまで異常は見られなかったものの、捻挫や打撲というのは本当に骨にひびが入ったか折れたかと思うくらいに痛む。
包帯の上から足をさすっていると、携帯にハカセからの着信が来た。
『青柳さん、ステマ乙が出たわ!他の二人はもう重妄想してるの。あなたも行ってもらえるかしら』
「分かりました。すぐ行きます」
本当はこんなにすぐに赤木さんに会いたくはなかったけれど…仕方がない。私はMMZで重妄想した。

夜だったのが昼になり、場所は「いつもの採石場」だった。
妄想の中でも怪我をした足がまだ痛む。感覚は現実とつながっているらしい。
妄想なんだからそこら辺は都合よく行けばいいのに、もう。
しかし、スーツ姿なので足の傷を見られる心配はない。
「美月にゃん、来てくれたにゃ!」
「来てくれたのか、美月…」
「ん…待たせてごめん。さ、さっさとやっちゃいましょ」
私たちはマルシーナと今回の係長に対峙した。
「三人揃ったわね!やっておしまい!係長!」
マルシーナが従える今回の係長は珍しく女性型の怪人だった。
ゴージャスな長い巻き毛をしてキラキラ光る尖った感じの眼鏡をかけていて、やたらと宝石やら毛皮やらの配置の多い怪人だ。
何かの虫がモチーフらしく、頭には短い触角が生えている。
「やられるのはそっちの方だ!行くぞ!
ガワデザインならゴーカイジャー推し!アキバレッド!」
「アキバ…ブルー!」
足に走る激痛を必死にこらえながら私は何とかポーズを決めた。
いつもやり慣れた名乗りのアクションですらいっぱいいっぱいだ。ヤバい、どうしよう…。
「えっとぉー、この前のコミケでぇー、友達のサークルの同人誌をもらったんだけどぉー、年上受けのカップリング本でぇー、そぉいうのもありだにゃーって思ってぇー、でもぉー、にゃあが一番好きな受のタイプはぁー…」
相変わらず、イエローの名乗りは何を言っているのか意味が分からない。当然いつものようにレッドが遮る。
「痛さは強さー!はいっ!」
「「「非公認戦隊アキバレンジャー!」」」
私たちの後背でドーンと盛大に爆発が起きた。その鳴り響く衝撃さえ足にこたえる。
「ほほほほほ、貧乏くさい名乗りのシーンざますこと」
そう言うと係長は大きなダイヤの指輪をはめた指をパチンと鳴らした。
すぐさまシャチークたちが赤絨毯の巻物を転がして花道を作り、係長がその上をしゃなりしゃなりと歩き出すと、それに合わせて前方にバラの花びらが撒かれ、後ろから孔雀の羽の扇で送られた風がそれを舞い上げる。
「あたくしは白金コガネムシざます。
あなたたちにはもったいないくらいゴーージャスに倒して差し上げるざますから、せいぜいありがたく思うことざます」
「なーんか私と巻き毛とか眼鏡とかカブってんのよね…。というわけで、画面上ややこしいので私の出番はここまでよ。後は任せたからね、白金コガネムシ!」
そう言ってマルシーナは消えてしまった。
「今回は白金マダムシロガネーゼかよ…。でも、お前も所詮は係長だ!」
「ほほほほほ、実はあたくしはステマ乙の大口出資者ざます。係長やってるのは、ボランティアみたいなもんざます。
お行き、シャチーク!あの三人を倒したら、個人的に特別ボーナスを出すざますよ!」
シャチークたちが一斉に私たちに襲い掛かってくる。
怪我した足をさりげなくかばいながら、できるだけ動かぬよう防戦気味の私は、シャチーク相手にさえあまり活躍できなかった。
レッドもイエローも何となく私の様子をおかしいと思いだしたようだけど、考える間もなく白金コガネムシが次の攻撃を繰り出した。
どこから出したのか大きな札束が宙を舞ったかと思うと、お札が薄刃のカッターとなって私たちに降り注ぐ。
「ぐわっ!」
「にゃあぁーー!」
「く…っ」
『みんな大丈夫!?』
私たちは劣勢に陥ってしまった。
「まだまだいくざますよ!」
すばやい動きで突然イエローの前に立った白金コガネムシは彼女を指差してこう言った。
「あたくしは知っているざます、アキバイエロー!
あなたがコスプレするときに補正下着を着用していることを!ホームページのプロフィールに載せているスリー・サイズも二、三cmサバを読んでいるざますね!」
「どーして知ってるにゃ!?」
驚くと同時にイエローが吹っ飛んだ。
「きゃあぁーー痛いにゃーー!」
『どうしたの、萌黄さん!?』
何で!?別に何もされてないのに…。
「ほほほほほ。これぞマダムのゴシップの威力ざます。
人の秘密を探り当て、精神的ダメージを物理的ダメージに変換する能力が、あたくしにはあるざます!」
『な、なんて嫌な奴なの…』
いつの間にか、今度は私の前に白金コガネムシが立っていた。
「あたくしは知っているざます、アキバブルー!
あなた、アキバレッドこと赤木信夫にふられたざますね!」
その言葉に胸がズキリと痛んだ瞬間、私は何か見えない銃弾にでも撃たれたように弾き飛ばされた。
『えええええぇ!?』
「信ぴー、美月にゃんのことふったにゃ!?やだ、信ぴーのくせに生意気にゃ!」
「ええい、お前はジャイアンか!
今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ、大丈夫か美月!?」
「ほほほほほ。ついでにもう一つ、アキバブルーは足にひどい怪我をしているざます!」
再び襲った衝撃に、私はもう立っていることさえできずに膝を崩してしまった。
レッドとイエローが駆け寄って、二人で私を抱き起こして支えてくれた。
「美月にゃん、足、怪我してたにゃ!?」
「何でもっと早く言わなかったんだよ…!」
「ごめん…怪我して使えないアクション担当なんて足手まといなだけだったね…」
「そんなことないにゃ!」
「怪我してるのに俺たちの為に来てくれたんだろう?
いつもお前は俺たちを守ってくれたんだ、今度は俺たちがお前を守る側になったって構いはしないさ」
私のこと、ふったくせに、そんなすぐに優しくなんかしないでよ…馬鹿…。
そうこうしているうちに再び白金コガネムシが指を向けて狙いを定めた。今度はレッドに。
「あたくしは知っているざます、アキバレッド!
あなたが『俺なんかには美月はもったいないし、11歳も年上のオヤジだし、あのとき美月を受け入れたら、愛したというより据え膳に飛びついたようにしか見えなかっただろうし、美月のことがとっても大事だから大人の配慮でごめんなさいしたけれど、やっぱり美月が好きすぎて、逃した魚はでっかくなっちゃったなあ』と思っていることを!…って、何これ、盛大な愛の告白じゃないざますか」
え…?そうだったの…?
「信ぴー、けっこう大人の男らしいにゃ」
吹っ飛ばされたレッドが片膝を立て、よろよろと起き上がった。
「こ、このォ。人が嫌がることばっかり言いやがって。それならこっちだって言っちゃうぞ!
”精神的ダメージを物理的ダメージに変換する能力”って、それ、侍戦隊シンケンジャー第七幕に出てくるアヤカシ、ズボシメシのパクリじゃないか!
この二番煎じ怪人め!」
「きゃあぁーーざますーー!!」
いきなり白金コガネムシが吹っ飛んだ。
「何で…!?」
「信ぴー、何したにゃ!?」
「え?俺のせい!?」
『そうか、分かったわ!白金コガネムシは言葉で人を傷つけることができるけれど、自分も言葉でダメージを負ってしまうのよ!』
「なるほどー。よーし!」
そう言ってイエローはビシッとポーズを決めて白金コガネムシを指差した。
「補正下着のこと、バラされちゃったけど、着けてなくても、あなたよりかはにゃあの方が細いもんね!」
再び吹っ飛ぶ白金コガネムシ。
「お、おのれぇーざます!」
続いて私も言ってやった。
「セレぶってるけど、たいていのお話では金持ちは貧乏人に敵わないのよ!つまり、あなたのキャラ自体が敗北フラグよ!」
「どひゃあぁーーざますーー!」
だいぶ効いてきたようだ。
「よーし、一気にカタをつけるぞ!ブルー!イエロー!」
「はいにゃ!」
「OK!」
「「「必殺、萌えマグナム!!」」」
『いっくぜぇ~』
どこからともなく聞こえる葵ちゃんの声と共に萌えマグナムから光線が放たれる。
見事に命中した必殺技に、白金コガネムシは断末魔の叫びを上げた。
「じ、地獄の沙汰も金次第ざます~~!!」
すさまじい爆発が連発する。
立ち込める煙が晴れた後、怪人の姿は消えており、辺りは再び静けさを取り戻した。
「お、終わった…」
私は再びがっくりと膝をついてしまった。
今回は、ちょっとだけ、しんどかったな…。
「大丈夫か、美月!?」
助け起こそうとするレッド―――赤木さんにつかまって私は立ち上がり、そのまま抱きついて彼の胸に顔をうずめた。
ガワなのが惜しいけど…。
「美月…」
「私のこと好きなら、ちゃんと好きって言ってよ。変な遠慮なんかしないで。
ハタチも過ぎてるんだし、もう子供じゃないのよ」
「美月…悪かった…」
赤木さんは意を決したように、私の肩をそっと抱きしめ囁いた。
「俺も好きだよ、かわいい美月…」
「見てられないにゃー!」
『聞いてらんないわねー』
ゆめりあさんとハカセの声が遠くの方でしていたけれど、このときの私には、声だけは良い赤木さんの甘い囁きしか耳に入っていなかった。

こうして、私たちは晴れて恋人同士になった。
後に「ひみつきち」でみんなに思い切り冷やかされてしまったことは言う迄もない。
私は赤木さんのことを「信さん」と呼ぶようになった。
信夫でいいとは言われたものの、呼び捨ては何となく照れくさくて、そうなってしまったのだ。
足の怪我は戦いの影響もなく順調に回復していった。
現実は妄想に影響するが、その逆はないらしい。
包帯もとれ、最後の検診の日には信さんが送り迎えをしてくれた。
家まで送り届けてもらい、二人でお茶を飲みながら、私は包帯がとれてすっきりした足を撫でていた。
「本当に、もう痛まないか?」と信さんがまだ少し心配そうに訊いてきた。
私はそっと信さんの手を取って、私の足に触れさせた。そして信さんの首に腕をからめて、彼の耳元で囁いた。
「信さんが確かめて…」
足の怪我が治りかけていた私は、その夜、新たに幸せな傷を増やしてしまった。

ある日、「ひみつきち」で私たちを見てゆめりあさんがふと言った。
「そういえば、もし信ぴーと美月にゃんが結婚するなら、夫婦別姓にしなくちゃダメじゃにゃい?
名前の色が一コなくなっちゃうにゃ」
「き、急に何を言ってるんですか…」
とんでもないことを言い出したゆめりあさんに私は慌てた。
「名前かぁ…うーん、そうだなぁ…。
そうだ!子供の名前に”青”系の字を入れればいいんじゃね?ブルーのママってことで問題ない!」
「ちょ、ちょっと信さん…」
な、何を話を合わせてるのよ…。
プロポーズまがいのことを言っている自覚があるのだろうか、この男は…。
「信夫さん、結婚したら、もう葵のこと構ってくれないの?葵、寂しいな!」
ノリのいいハカセが葵ちゃんのフィギュアを操りながら葵ちゃんの声で言う。
信さんは葵ちゃんのフィギュアにほお擦りをして訴えた。
「葵タンッ!君を捨てたりするもんかぁ~~。リア充になっても二次嫁は要るんだぁ~~!!」
「信さんのバカーー!!」
私は思わず信さんに鉄拳制裁をお見舞いしてしまった。
ゆめりあさんはゲラゲラと笑いだし、ハカセは呆れてこう言った。
「やれやれ、もともとアキバレンジャーはコメディだけど、これからは夫婦めおと漫才の要素も入るのかしらね。
ホント、何でもありだわね」


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